BLOG

Diary

純度100%の暗闇の世界。

先日いただきましたお休みにずっと行きたいなと思っていたダイアログ・イン・ザ・ダークに行ってきました!

これは2年ぐらい前に知人から聞いてずっと行きたいと思っていた『暗闇のソーシャルエンターテイメント』
目を閉じたら暗闇。目を開けても暗闇。そんな純度100%の暗闇
そんな視覚が遮断された世界で人は何を感じ、何を思うのか。
アテンドをしてくれるのは暗闇のエキスパートである全盲の視覚障害者の方々。
発案者はドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケ博士

ダイアログ
こちらの東京外苑前にある会場。
地下1階に降りて入り口をくぐると待合ロビーがあって受付で身分証明を出します。
受付をすませると暗闇に入る前の心構えや約束を説明してもらい、荷物はロッカーに入れてトイレを済ませ、暗闇の中で味覚を楽しむためのドリンクサービスに必要な最低限の小銭だけをポケットに入れて時間までテーブルやソファでくつろぎます。
ダイアログ1

時間が近づくと、同じ待合ロビーに順に集まってくる数人のお客。
そういえば確か1組8人で暗闇の入るということだったから….
「え〜この人たちと一緒なのかぁ。。。」
って正直思いました(^ ^;)
きっとロビーにいたみんながそう思っていたのではと思います。
初対面だし、あんまり普段関わることのなさそうな人たちなのです。

でも驚くことにアテンドがスタートして暗闇に入るとそんな風に感じたことも全く忘れてしまいました。
アテンドのこまちゃんに説明されながらも、8人で協力して進んでいくためにニックネームで自己紹介をして。
「私は◯◯です。ここにいます。今◯◯をしています」
「◯◯さんはどこですか?ここには壁があるから気をつけてくださいね」
そんな風に言葉を発さないと自分の存在が無いと同じになってしまうから。
声が聞こえることで安心したり。
名前を呼ばれることで安心したり。
見えないからこそ、見える以外のものを「信じて、信頼しないと歩くこともできない」

そうして8人の声を聞いていると8人のキャラクターが声に出てきているようで。
見えていた時の見た目よりも優しかったり。
見えていた時の見た目よりも明るかったり。
見えていた時の見た目よりもお喋りだったり。

見えないし、見られてない。ってなるとある種の羞恥心が消えて
言葉にしたり、音を出したりすることで自分の存在を周りに知らせることに積極的になれる。
見えないから飾る必要がなくなる。見た目に左右されないところの自分自身になれる。

見えてることで得ている情報量の多さと、それによって制限されている行動があるんだなと感じました。
特に初めての参加だと暗闇で自分を作ったり飾ったりして振る舞うことは難しいそうです。
でも何回も参加すると作れるようになっていくそうですww人って面白いですね。

とっても印象的なことがたくさんありました。

協力して進んで行く先で、ドリンクを注文できるカフェが出てきます。
暗闇の中で注文をして。暗闇の中でドリンク等を用意してくれて。
暗闇の中でお会計をします。(お札には目が見えなくてもそれが何円かわかるマークが入っているそうです!知りませんでした。。)

ビールを自分でグラスに注いで飲みます。

暗闇の中でお酒も飲めちゃう。
いや、暗闇でお酒飲むのを楽しむことができないなんてわけないな。なんて思ったり。

そんな時にこまちゃんが言いました。
「見えてる人は暗闇の中で得られる情報を頭の中で視覚化するんですよね」と。
確かに!!
ビールの栓を開ける音、トクトクっと鳴る注ぐ音。重くなっていくグラス。
見えないけどなんとなくグラスに注がれていく様を頭の中で無意識に絵にして想像します。

なるほどそれならば「視覚障害者の方はそうではないのですか?」と聞いてみると
「中途失明の場合は見えていたことがあるので視覚化しますが、生まれつき全盲の人は触った感触、温度、匂い、音がその存在です。例えば机はこういう感触、温度、匂いということで、どんな色をしてるか、赤いのか青いのか、木目なのかなどはわかりませんので問題にしません。」
「そして寝ている時の夢もそういう夢を見ます」
絵や動画ではない夢。どんな夢なのでしょう。

「暗闇だと、飲み物注ぐ時にこぼす人とかいるんじゃないですか?」って聞いた人もいて
「いますよ。でも見えててもこぼす時はこぼしますよね?」って答えてらしたり。

暗闇から出る前に、微量の光の部屋で休む時に。
うっすら見えてるみんなは自力でソファに各々座ります。
こまちゃんは「ソファはどこにありますか?自分も座りたいので教えて下さい」と。
「あぁ、そっかすみません」なんて言って、こまちゃんの手を引いて座ってもらうと
「ここで一気に立場が逆転します」とこまちゃんが言い、なんだか不思議な感覚になりました。

暗闇の中にいるときは、こまちゃんも8人もなんの違いもないただの人だと思っていたけど。
見える世界に戻ると見える人は一気にその世界に戻っちゃう。

明るい、見えてる世界に戻ると。
開始前よりも8人でワイワイ挨拶したりできるけど。
やっぱりどこか距離ができるし。
声を聞いたら誰かわかった名前も呼ぶのが恥ずかしくなったり。
見えてるっていうものが持つ影響をなんだか感じました。

見えているからこそ、できることもあるけど。見えているからこそ、できなくなることもある。
それを少し頭において生きる、視覚のない世界を少し想像してみたりして、違う感覚点を自分の中にもてたらいいなって。
今回の体験を通して思いました。

そして想像より暗闇は怖い世界ではありませんでした。見えてないからこそ飛び越えられる壁があって。
視覚障害者というのは想像よりももっともっと普通の人だ。
なんて思いました。

視覚障害者だから、感覚が特別優れている。優れていくようになるということではなく。
視覚以外の感覚で「普通に生きていける」そんな、言葉では表しにくい気持ちになりました。

大阪にも対話のある家という違うパターンの常設会場がありますが、外苑前常設会場は家賃更新の都合で8月で終わってしまいます。
1回5000円の体験で、高いな〜と体験前は思っていましたが。その価値があります。
今回一緒に暗闇の世界を体験したうっくん。ちゅうさん。けいすけさん。はなさん。おむさん。やっさん。やぎさん。
もしまた会ってもこのあだ名では呼べないけど(^^)ありがとうございました。
見た目の情報が一切ない。知らない初対面の人と体験したほうが実りある体験になりそうです。是非1〜2人で参加してみてください!

私もまた違うプログラムに行ってみたいな。なんて思っています。